福岡地方裁判所飯塚支部 昭和40年(ワ)130号 判決 1968年5月28日
原告
松尾貢
被告
栗石定吉
主文
被告は原告に対し金一七一、六六〇円及びこれに対する昭和四〇年九月一五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は三分しその一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
この判決は原告において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金一、五五三、三二〇円及び内金八五三、三二〇円に対する昭和四〇年九月一五日より、内金七〇〇、〇〇〇円に対する昭和四二年五月三一日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次の通り述べた。
一、原告は昭和四〇年一月四日午前八時頃訴外小山秀文の兄訴外小山亨の所有する一二五CC自動二輪車に搭乗し、後方荷台に小山秀文を同乗させ飯塚市大日寺方面より同市明星寺方面に向かい時速約二〇粁乃至三〇粁にて進行し明星寺部落の笹の神橋手前に差しかかつたとき、被告が自己の所有する馬を挽いて明星寺方面から右笹の神橋を渡つて来るのに出会し、橋のたもとで離合しようとしたところ、被告の挽いていた馬が突如右後脚で原告の操縦していた右単車を蹴つたため、原告は単車もろ共、道路下の河川に墜落し、よつて右腎皮下破裂の傷害を受け、直ちに筑豊労災病院に入院し、治療を受け、右腎臓の剔出手術を受けて同年二月六日退院した。
二、被告の責任は次の通りである。
1 被告は右馬の占有者であるから、民法第七一八条第一項本文により右事故により原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。
2 右事故は馬が被告に挽かれて通行中発生したものであるところ、当時被告は馬の手綱を長くし且つ道路の右側を通行していたことなど被告に過失があつたために起つた事故であるから、被告は民法第七〇九条により、原告の受けた損害を賠償する義務がある。
三、右事故により原告の受けた損害は次の通りである。
1 治療費、附添人費その他の費用は計金六三、三二〇円である。
2 慰藉料
原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛を慰藉するために、被告が原告に対して支払うべき慰藉料の額は次の諸点を考慮して金一、五〇〇、〇〇〇円が相当であると思料する。
イ、原告は本件事故発生当時中学校に三年生として在学中であり、同年三月中学卒業の上、嘉穂高等学校定時制に入学したが、身体の故障などの理由により同年六月から休学中である。
ロ、原告は前記の通り右腎臓剔出により労働能力は五割程度低下し、かかる状態は終生継続するものと見なければならないのみならず、この身体障害は将来の原告の結婚生活等にも支障を来すものといわなければならない。
ハ、原告は尿毒症その他の余病発生の危険にさらされており、今後かかる不安の中に生活しなければならない。
ニ、原告は父訴外松尾広喜、母同松尾芳香の二男として昭和二四年六月二四日出生し、本件事故当時満一五才で、前述の通り中学三年生であつた。父広喜は大工職で月収三万乃至三万五千円であり、子供として原告の外に二人の男子がある。
ホ、被告は農業を営む傍ら、小正炭鉱の鉱員をしており家族は五人で、部落内で中等以上の生活を営んでいるものである。
四、原告が本件事故により蒙つた損害の総額は以上三の1、2の計金一、五六三、三二〇円であるところ、原告は昭和四〇年一月一三日被告から見舞金として金一〇、〇〇〇円の交付を受けたからこれを控除して、原告は被告に対し金一、五五三、三二〇円及び内金八五三、三二〇円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四〇年九月一五日より、内金七〇〇、〇〇〇円に対する請求趣旨拡張申立書を原告が口頭弁論において陳述した昭和四二年五月三一日より各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告主張の日時、原告が自動二輪車に搭乗し、訴外小山秀文を同乗させ、原告主張の笹の神橋附近にさしかかり、被告が馬を挽いて明星寺方面より笹の神橋附近に至り、原告と行き違つたこと、原告が河川に墜落したこと、原告が負傷して筑豊労災病院に入院したこと、原告並びに被告の年令、家族の関係が原告主張の通りであることは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故発生当時の状況は次の通りである。
即ち原告が搭乗していた自動二輪車の荷台に同乗していた訴外小山秀文は、右二輪車が馬に近づくにつれて、そのまま進行することに危険を感じ、原告に対し車を停めろ停めろと叫んだが、原告はその儘の速度で進行したため、馬が驚いて後ずさりした折、右小山が、車の後方に飛降りたため、その反動により車は川の中にすべり落ちたのである。しかも原告は当時運転免許を有せず、無免許運転をしていたものであり、剰え右小山を同乗させて運転していたことは道路交通法に違反するものであるから、原告にも過失があつたものといわなければならない。よつて原告の本訴請求に応じ難いと述べた。
〔証拠関係略〕
理由
一、原告が昭和四〇年一月四日午前八時頃自動二輪車に搭乗し、後方荷台に訴外小山秀文を同乗させて、飯塚市大日寺方面より同市明星寺方面に向かい時速約二〇粁乃至三〇粁で進行し、明星寺部落の笹の神橋手前に差しかかつた際、被告が馬を挽いて明星寺方面から右笹の神橋を渡つて来るのに出会し、離合しようとしたこと、その際原告が単車もろとも道路下の河川に墜落して負傷し、直ちに筑豊労災病院に入院したことは当事者間に争がない。
二、原告は、原告がその際河川に墜落したのは、被告の挽いていた馬が右後脚で原告の搭乗していた自動二輪車を蹴つたためであると主張し、被告は右事実を争うから考えるのに、〔証拠略〕中には原告の右主張に副う部分があるけれども、これらの証拠は、〔証拠略〕と対比して措信し難く他に右事実を肯認するに足る証拠はない。
三、〔証拠略〕を綜合すれば、原告が河川に墜落する前後の状況は次の通りであることが認められる。即ち自動二輪車が馬に接近した際原告は道路の左側河川寄りを進行して、馬と離合しようとしたが同乗していた訴外小山秀文が自動二輪車をそのまま進行させることに危険を感じて原告に対し車を停めるよう注意したが、原告はそのまま進行を続けたところ、エンジンの音をたてて接近する車に驚いた馬が突然斜の方向に後退し車の進路をさえぎる姿勢となつたので右小山が車の後方にとび降りたため、その反動により車が動揺し車が左側の河中に墜落したものであることが認められる。而して〔証拠略〕を綜合すれば、本件事故現場は道路の幅員が約三・八米であるが、雑草の生立する両側の部分を除いた有効幅員は約二・五米であり、路面は非舗装の凹凸の多い田舎道で、南側は直ちに河川に面し河岸は垂直に切り立つた崖となり、路面から川底までの垂直距離は約二・六米であり、東から西へ橋に近づくに従つて路面が高くなり可なりの勾配をなしていることが認められる。検証の結果中右認定と相容れない部分は前掲証拠並びに弁論の全趣旨と対比して措信し難い。以上の如き本件事故現場の状況並びに前認定の事故発生の経過など本件事故発生の具体的環境に即して考えるとき、馬が前記のような動作に出なかつたならば、原告が河川に墜落して傷害を受けるという結果は発生しなかつたであろうと推測され、また車の進路上で、馬が突如車の進路を遮るような動作に出た場合、他人の身体に害を及ぼすような異常な事態は一般的に起り得べき事項に属しまたかかる事態の発生は通常予想できるところである。もつとも本件の場合馬の動作と車の墜落の結果との間に、訴外小山が車の後方にとび降りたという動作が介在しているけれども、小山の右動作は、馬の動作が原因となつて惹起されたもので、馬の動作から全く独立した事実ではないことは明らかである。かくて馬の動作と、原告が河川に墜落して傷害を受けた結果との間には、相当因果関係があると見るのが相当である。
而して被告本人の供述によれば、前記の馬は被告が農耕その他雑役用として飼育していたもので、当日は原告が農耕のため右馬を挽いて本件現場を通りかかつたものであることが認められる。
然らば被告は馬の占有者として原告に対し、原告が右事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。
四、よつて進んで原告の受けた損害の額について検討する。
〔証拠略〕によれば、原告は右事故により右腎皮下破裂の傷害を受け、即日前認定の通り筑豊労災病院に入院した上、右腎剔出手術を受け同年二月六日退院したことが認められ、〔証拠略〕によれば、原告は右入院、治療につき金六三、三二〇円の費用を要したことを認めることができる。
五、次に被告は、本件事故の発生には、原告にも過失があつた旨主張するからこの点につき考えるのに、前掲証拠並びに前段認定の事実によれば本件事故現場は交通量の極めて閑散な田園の狭い道路上であることが認められるところ、かような場所で馬と車とが離合するに当つては、馬の占有者と、車の運転者とは相互に協力して事故の発生を回避するように措置すべきものといわなければならない。即ち馬を挽いている被告としては手綱を短く引締めていることはもとより必要であろうが必ずしもそれのみでは足りず馬の習性ないし性質に即応して安全な離合をするための工夫が必要であり、車を運転している原告としては馬の動静に注意を払い、一層徐行し状況によつては自ら車を降りて歩行し、車を押しながら離合するか又は一旦車を停め馬の通過を待つことにより離合を遂げるなど安全離合のため慎重を期することが前記の如き道路状況より見てまさにとるべき措置であつたものといわなければならない。然るに被告が馬の占有者として以上の如き措置を講じたことを認めるに足る証拠がないと同時に、原告が車の運転者としてかかる配慮をした事実を認めるに足る証拠もない。
即ち前掲証拠によれば原告は事故当日自動二輪車に搭乗して、被告の挽いていた馬に接近した際後方荷台に同乗していた訴外小山秀文から車を停めて馬と離合するよう注意されたのにこれに従わず、馬の左側を安全に通過できるものと軽信して時速一〇粁位で進行をつづけたため、訴外小山が危険を感じて車から飛び降りた反動により河川に墜落したものであることは前認定の通りである。この点において原告にも本件事故発生につき過失があつたものというべきであるから、損害賠償の額を定めるについて原告の右過失は斟酌されるべきである。
六、原告が治療等に要した費用を支弁したことによる損害額のうち被告が原告に対し損害の賠償として支払うべき額は、原告の前記過失を斟酌して、前記金六三、三二〇円の五〇パーセント即ち金三一、六六〇円と認定するのが相当である。
七、原告が本件事故により前記の傷害を受け右腎剔出手術を受ける結果となつたことにより受けた精神的苦痛を慰藉するため被告が原告に対し支払うべき慰藉料の額は本件事故発生の状況、原告の年令、傷害の部位、程度、原告の過失の程度その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌として金一五〇、〇〇〇円を以て相当と認められる。
八、然らば被告は原告に対し前記六で認定した金三一、六六〇円及び七で認定した金一五〇、〇〇〇円以上合計金一八一、六六〇円から原告が被告から交付を受けたことを自認する見舞金一〇、〇〇〇円を控除した金一七一、六六〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四〇年九月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
九、そこで原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由のないものとしてこれを棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して主文の通り判決する。
(裁判官 川淵幸雄)